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    <title>いのちと暮らしを守る｜松本協立病院</title>
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    <title>平和の語り部　</title>
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    <published>2011-09-09T04:55:49Z</published>
    <updated>2012-02-14T00:31:47Z</updated>

    <summary>原水禁世界大会に参加して 　８月６日から８月９日まで長崎で開催された原水禁世界大...</summary>
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        <![CDATA[<p>原水禁世界大会に参加して<br />
　８月６日から８月９日まで長崎で開催された原水禁世界大会へ参加させていただきました。<br />
　大会には海外と全国から約７８００人が参加し、核兵器廃絶と原発廃止を求めていくことを改めて確認しました。全国に、そして海外にも核廃絶を願う人々がこんなにも多くいると知り心強く思ったし、全員が団結して目標に向かう姿には感動しました。<br />
　今年の大会は、福島第一原発の事故もあり核に対する議論が核兵器だけでなく、原発の存否にまで及びました。そして、自分がまずやらなければならないことは核に対する正しい知識を得ることだと感じました。核の平和利用とされてきた原子力発電が一度事故を起こすと人の手には負えないということが福島第一原発の事故で明らかにされ、それまで核兵器と原子力発電は全くの別物、原発は安全なものだと思っていたのに、実際には原発は未完成で一度事故が起こると世界規模の汚染を起こし、生命を脅かす存在だということに気づかされました。「核」と「原発」は言葉を分けて一方は兵器としての核、もう一方は平和利用の安全な核というイメージを抱かされましたが、それは原発推進派がつくりあげた嘘であったことにこの大会に参加して知ることができました。<br />
　エネルギーを確保するために、また雇用を確保するために原発は必要だとの声もあります。しかし、原発が停止しても電力は足りるとするデータもあるし、段階的に自然エネルギーへの転換を図れば新たな雇用も期待できます。そもそも福島第一原発の事故を目の当たりにして原発を推進しようとする気持ちにはなりません。もちろん、核抑止論という非人道的な核に頼った安全保障の形は破綻していると思います。<br />
　今回、６６年前の長崎で被爆された方のお話を伺うことができました。地元長崎の話をするときは目を輝かせて、美味しいカステラの店やちゃんぽんの店を教えてくれました。とても気さくな方でしたが、原爆の話になると顔つきが変わり、原爆が投下されたとき友人の全身の皮がめくれて本人と分からなかったこと、街には死体やけが人があふれていたが、それらに構うことができず懸命に逃げたことなどを話してくれました。最後にこの悲惨さを後世に伝えて二度と戦争をしないでほしいと強く訴えてきました。日本の原発についての質問もさせていただきましたが、原発はいらないときっぱり答えてくれました。<br />
　被爆体験は被爆者の数だけあるとうかがいました。今回うかがった話だけでは被爆の悲慘さの全部や全ての被爆者の気持ちは分かりませんが、原爆を憎み、原発を否定する気持ちは共通しているのではないでしょうか。<br />
　今年、全国の被爆者の平均年数は７７歳になりました。いよいよ被爆者の方の話を直接聞くことが出来る機会が少なくなってきました。今回はそうした現状もあり直接被爆者の方の話を聞いて被爆者の方が何を伝えたいのかを知りたいと思っていました。そこで聞くことができたのは戦争反対、原発反対の声でした。当たり前の言葉に終わった後もっと理由を聞けばよかったなと思いましたが、被爆した方がもういやだと言っているのだからそれだけで十分説得力のある言葉であったと思いなおしました。これから私達ができることは反核のおもいを伝え続けてくことです。<br />
　</p>]]>
        
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    <title>平和の語り部</title>
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    <published>2011-08-09T06:11:28Z</published>
    <updated>2012-02-14T00:31:20Z</updated>

    <summary>　久しぶりに、平和行進に参加しました。２０年ぶりくらいでしょうか。当日は雨模様の...</summary>
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        <![CDATA[<p>　久しぶりに、平和行進に参加しました。２０年ぶりくらいでしょうか。当日は雨模様のこともあり、以前に比べ、参加者も少ないように感じました。松本城での集会では、大町から歩いてきたご婦人の方々の挨拶や、青森民医連から日本海側を回り、手渡しされてきた緑の民医連の旗の紹介もあり、少し平和ぼけした頭でも、一歩々々踏みしめ、日本中が繋がっていることを感じました。</p>
<p>　私たちが子供の頃は、日本の憲法は、特に９条は世界に誇れる立派な憲法だと教わった様に思っています。（作成当時の背景は、教わった記憶はないが）今はどのように教えているのでしょうか。戦争を放棄すること。そしてそれを守り抜いていくこと。大変な努力のいること、そして大切なことと思います。今、９条があるから、日本は戦争をしないだろうか？かな？きっと？と？がつく状況になってしまった。９条があっても、かなりの拡大解釈？をして、自衛隊を海外派兵したりもしています。この状況で、もし、９条がなかったら日本は安保条約の名の下にどんどんと派兵したのだろう、そして大きな渦の中に巻き込まれていったのだろう。また経済も同じように、泥沼に落ちて行ったのだろうと思います。政府は必要として、あるいは約束として、派兵をしましたが、多くの国民はそれを願っていたのでしょうか、むしろ９条を堅持し、戦争に加担することにNOと言える政府を待っているのではないでしょうか。きっと世界も同じだと思います。戦争をしても、多くの犠牲者と、その爪跡ばかりで、得るものはなく、失うものばかりだ、それが日本の戦争の教訓だと思っています。護憲・改憲の論議がありますが、９条を守り、堅持していくことが、日本や世界の平和に繋がるものと思います。</p>
<p>　また今年は、核の脅威について考えざるを得ない年になってしまいました。本日ニュースで、広島・長崎から６６年、記憶を如何に継承していくのかが課題になり、長崎ｱｰｶｲﾌﾞが完成し、先ごろ広島ｱｰｶｲﾌﾞが完成したと放送していました。ﾈｯﾄで検索でき、原爆の資料や被爆した方々の声も入っているそうです。製作にあたった方は、「資料館を見る前に是非ｱｸｾｽしてください。」とのこと、資料の意味がもっとよく分かるそうです。新しい世代に記憶を伝えていくことが、平和への礎になると思います。被爆国として原爆の脅威を発信していくことと、これからは、進行形としての核の脅威も同時に発信しなくてはいけないと思います。核のない平和な世の中を、誰でも望んでいると思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        
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    <title>Pチャリに参加して</title>
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    <published>2011-07-09T08:01:37Z</published>
    <updated>2012-02-14T00:30:59Z</updated>

    <summary>　東日本大震災で日本が大変な中、開催が危ぶまれた今回のPチャリ。けれどこんな時だ...</summary>
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        <![CDATA[<p>　東日本大震災で日本が大変な中、開催が危ぶまれた今回のPチャリ。けれどこんな時だからこそこぎだそうと今年もスタートしました。普段もてあましている肉体と体力をここで有効に活用に使えるならと参加してみましたが、思いのほか普段から運動不足であることを思い知らされるほどのキツイ道のりでした。しかし沿道や各院所から応援してくださる方々、長野県中から参加している大勢の仲間達と共にゴールを目指すこと、それは自分一人が良ければいいってわけではなく、みんなで助け合い励まし合いながら生きていくことの大切さを感じさせられました。人と人との繋がりの重みを、このＰチャリの中で学びました。そしてゴールに辿りついたときの達成感と感動は今も忘れられません。来年もまた参加してみようと思います。みなさんもいっちょこぎますか？！</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　３南病棟　看護師</p>]]>
        
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    <title>平和の語り部</title>
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    <published>2011-05-09T07:41:41Z</published>
    <updated>2012-02-14T00:30:24Z</updated>

    <summary>私が始めて「ヒロシマ」を訪れたのは新潟大学の２年生の時でした。当時学生自治会の執...</summary>
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        <![CDATA[<p style="TEXT-INDENT: 11pt; MARGIN: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0" class="MsoNormal"><font size="3"><font color="#000000"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century">私が始めて「ヒロシマ」を訪れたのは新潟大学の２年生の時でした。当時学生自治会の執行委員をやっており、原水爆禁止世界大会があり、そこへの参加を募集していて、行ってみたさに立候補しました。自治会役員の仲間が毎日地域に出て１軒</span><span lang="EN-US"><font face="Century">1</font></span><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century">軒まわってカンパのお願いをして捻出した資金で３名参加できました。覚えているのは原爆資料館です。入り口を入ってすぐのところだったと思いますが、広島の街の模型の上に原子爆弾がつるしてあり、その迫力に圧倒されました。また、折鶴を捧げた「原爆の子」の像や、ヒトの影を残した御影石など記憶に残っています。</span></font></font></p>
<p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century"><font color="#000000" size="3">何故、こんな悲惨なことがこの世に起きたのか、事実を知ることで、「戦争」そのものについて考えるきっかけになりました。翌年は真っ黒になりながらカンパ活動を行い、４名送り出したことを思い出します。</font></span></p>
<p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century"><font color="#000000" size="3">　最近、「太平洋の奇跡」を見、また別の本で、いかに戦争が人間性の否定であったか、指導部の多くが兵隊や民間人のことを省みないで自分のことだけを思っていたのか、考えさせられました。その中で、生きることを願い、仲間や家族を思って戦った人たちもいたことを知りました。しかし、戦争を止めるには、あるいは戦争をさせないためには、個人の力だけではだめで、大きな集団の力の集中が必要なことを感じます。</font></span></p>
<p style="TEXT-INDENT: 11pt; MARGIN: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century"><font color="#000000" size="3">いのちを守る医療・福祉に携わる職員として、いのちを奪う戦争政策は絶対に認められません。最近の世界の流れでは、日本の憲法９条がまさに宝物の力を発揮していて、アメリカの軍事同盟から抜け出したり、基地を無くしたりしています。大西洋の島の広場にある憲法９条の碑などはその象徴です。</font></span></p>
<p style="TEXT-INDENT: 11pt; MARGIN: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0" class="MsoNormal"><font size="3"><font color="#000000"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century">「事実を知り、次世代に伝える」「一人ひとりの力は小さくとも思いをあわせれば大きな力になる」　新しい核兵器廃絶の署名活動も始まりました。これからの若い世代を始め多くの仲間とともに、平和な日本と世界を作っていくためにがんばります。</span></font></font></p>
<p style="TEXT-INDENT: 11pt; MARGIN: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0" class="MsoNormal"><font size="3"><font color="#000000"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century"></span></font></font>&nbsp;</p>
<p style="TEXT-INDENT: 11pt; MARGIN: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0" class="MsoNormal"><font size="3"><font color="#000000"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century">　　　　　　　　　　　　　事務職</span></font></font></p>
<p style="TEXT-INDENT: 11pt; MARGIN: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0" class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><o:p><font color="#000000" size="3" face="Century">&nbsp;</font></o:p></span></p>]]>
        
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    <title>平和への願い（友の思い）</title>
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    <published>2011-04-28T05:46:42Z</published>
    <updated>2012-02-14T00:21:42Z</updated>

    <summary>平和を考える時、友の吐き出すように言ったこの言葉―― 「私には終戦はない。私の中...</summary>
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        <![CDATA[<p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><font color="#000000" size="3" face="ＭＳ Ｐ明朝">平和を考える時、友の吐き出すように言ったこの言葉――</font></p>
<p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><font color="#000000" size="3" face="ＭＳ Ｐ明朝">「私には終戦はない。私の中で戦争は終わっていない」・・・。</font></p>
<p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><o:p><font color="#000000" size="3" face="ＭＳ Ｐ明朝">&nbsp;</font></o:p></span></p>
<p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><font color="#000000" size="3" face="ＭＳ Ｐ明朝">彼女の父さんは、強制連行で連れてこられた朝鮮の方です。母さんは日本人の、在日<span lang="EN-US">2</span>世です。生まれた時から差別という<span lang="EN-US">2</span>文字を背負うことになったのです。・・・人種差別・・・。時には「朝鮮　々々」とさげすまれ、石を投げられたこともあったそうです。ご両親は、日本人のやらない汚い仕事しかなく、仕事でも差別があり、そこからくる貧困、そして女性として、結婚にも朝鮮人だからと、彼女はあきらめたのです。しかし縁あって彼女も日本の方と結ばれました。しかしその事が又、悲しみを生みました。</font></p>
<p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><font color="#000000" size="3" face="ＭＳ Ｐ明朝">彼女の父さんは、朝鮮語も話せず、日本の教育を受けた我が子に希望が持てず、<span lang="EN-US">1</span>人、妻、子を残して朝鮮へ帰国したのです。そして親子の縁が切れました。<span lang="EN-US">2</span>つの国で翻弄されて来た彼女を通して感じたことは、武器や兵器だけが、<span style="mso-bidi-font-size: 10.5pt; font-emphasize: dot">人</span>を殺すのではないと。<span style="mso-bidi-font-size: 10.5pt; font-emphasize: dot">人</span>の心が<span style="mso-bidi-font-size: 10.5pt; font-emphasize: dot">人</span>を傷つけ、傷ついた<span style="mso-bidi-font-size: 10.5pt; font-emphasize: dot">人</span>は又<span style="mso-bidi-font-size: 10.5pt; font-emphasize: dot">人</span>を傷つけることを。</font></p>
<p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><font size="3"><font color="#000000"><font face="ＭＳ Ｐ明朝"><span style="mso-bidi-font-size: 10.5pt; font-emphasize: dot">人</span>の痛みを感じ、相手を理解し認めることが大事だと。真実をしっかり見抜ける力をつけること、戦争を止めるのではなく、戦いをしない<span style="mso-bidi-font-size: 10.5pt; font-emphasize: dot">人</span>を育てることだと思います。普段の生活の中から、<span style="mso-bidi-font-size: 10.5pt; font-emphasize: dot">人</span>を愛し、平和の大切さを知る教育が大事だと思います。</font></font></font></p>
<p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><font color="#000000" size="3" face="ＭＳ Ｐ明朝">二度と彼女のような悲しい思いをさせないために、</font></p>
<p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><font color="#000000" size="3" face="ＭＳ Ｐ明朝">歴史を繰り返さないために。</font></p>]]>
        
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    <title>平和の語り部（４月）</title>
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    <published>2011-04-09T07:37:21Z</published>
    <updated>2012-02-14T00:21:19Z</updated>

    <summary>平和を考える時、友の吐き出すように言ったこの言葉―― 「私には終戦はない。私の中...</summary>
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        <![CDATA[<p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><font color="#000000" size="3" face="ＭＳ Ｐ明朝">平和を考える時、友の吐き出すように言ったこの言葉――</font></p>
<p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><font color="#000000" size="3" face="ＭＳ Ｐ明朝">「私には終戦はない。私の中で戦争は終わっていない」・・・。</font></p>
<p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><o:p><font color="#000000" size="3" face="ＭＳ Ｐ明朝">&nbsp;</font></o:p></span></p>
<p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><font color="#000000" size="3" face="ＭＳ Ｐ明朝">彼女の父さんは、強制連行で連れてこられた朝鮮の方です。母さんは日本人の、在日<span lang="EN-US">2</span>世です。生まれた時から差別という<span lang="EN-US">2</span>文字を背負うことになったのです。・・・人種差別・・・。時には「朝鮮　々々」とさげすまれ、石を投げられたこともあったそうです。ご両親は、日本人のやらない汚い仕事しかなく、仕事でも差別があり、そこからくる貧困、そして女性として、結婚にも朝鮮人だからと、彼女はあきらめたのです。しかし縁あって彼女も日本の方と結ばれました。しかしその事が又、悲しみを生みました。</font></p>
<p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><font color="#000000" size="3" face="ＭＳ Ｐ明朝">彼女の父さんは、朝鮮語も話せず、日本の教育を受けた我が子に希望が持てず、<span lang="EN-US">1</span>人、妻、子を残して朝鮮へ帰国したのです。そして親子の縁が切れました。<span lang="EN-US">2</span>つの国で翻弄されて来た彼女を通して感じたことは、武器や兵器だけが、<span style="mso-bidi-font-size: 10.5pt; font-emphasize: dot">人</span>を殺すのではないと。<span style="mso-bidi-font-size: 10.5pt; font-emphasize: dot">人</span>の心が<span style="mso-bidi-font-size: 10.5pt; font-emphasize: dot">人</span>を傷つけ、傷ついた<span style="mso-bidi-font-size: 10.5pt; font-emphasize: dot">人</span>は又<span style="mso-bidi-font-size: 10.5pt; font-emphasize: dot">人</span>を傷つけることを。</font></p>
<p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><font size="3"><font color="#000000"><font face="ＭＳ Ｐ明朝"><span style="mso-bidi-font-size: 10.5pt; font-emphasize: dot">人</span>の痛みを感じ、相手を理解し認めることが大事だと。真実をしっかり見抜ける力をつけること、戦争を止めるのではなく、戦いをしない<span style="mso-bidi-font-size: 10.5pt; font-emphasize: dot">人</span>を育てることだと思います。普段の生活の中から、<span style="mso-bidi-font-size: 10.5pt; font-emphasize: dot">人</span>を愛し、平和の大切さを知る教育が大事だと思います。</font></font></font></p>
<p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><font color="#000000" size="3" face="ＭＳ Ｐ明朝">二度と彼女のような悲しい思いをさせないために、</font></p>
<p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><font color="#000000" size="3" face="ＭＳ Ｐ明朝">歴史を繰り返さないために。</font></p>
<p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><font color="#000000" size="3" face="ＭＳ Ｐ明朝"></font>&nbsp;</p>
<p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><font color="#000000" size="3" face="ＭＳ Ｐ明朝">　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　介護職</font></p>]]>
        
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    <title>平和の語り部　（３月）</title>
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    <published>2011-03-09T05:10:07Z</published>
    <updated>2012-02-14T00:19:42Z</updated>

    <summary>私は昭和２１年に松本市で生まれた。小学校は源地小学校に通った。終戦後間もないころ...</summary>
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        <![CDATA[<p>私は昭和２１年に松本市で生まれた。小学校は源地小学校に通った。終戦後間もないころで入学式の写真は皆、継ぎの当たった服を着ていた。</p>
<p>同級生に「Hさん」という女の子が居たが、小学校の東にあった朝鮮人の集落から学校に通っていた。今で言えば「廃品回収業」のような生業で生計を立てていたが、苦しい生活を忍ばせる身形だった。周囲の人間が何か特別な目で見ているようで、その意味も分からず奇異な思いと共に今でも記憶に残っている。</p>
<p>高校時代の同級生に「K君」が居た。席順が近くだった事もあり親しくしていた。</p>
<p>昭和４０年に大学に入学した頃「日韓条約」の問題で学生運動が盛んだった。ある集会でその「K君」にばったり出会った。今は朝鮮大学校に通っていて、「朴君」となったと聞いた。それ以来戦前戦中の日本と朝鮮の関係を扱った本を読んだ。初めて知る昭和史だった。</p>
<p>寮の友人に「Y君」が居たが、今は或る大学で日本近現代史の教授をしている。日本で初めて「従軍慰安婦」の問題をまとめた著書を出している。私自身も第二次世界大戦における日本は、原爆被害国である以上に東アジアの人々に対する加害国であったと思っている。</p>
<p>憲法９条もそうした認識の上に成り立っているのではないかと思う。</p>
<p>昨年４月に亡くなった「九条の会」の呼びかけ人だった井上ひさしさんは「組曲・虐殺」の中で「後に続くものを信じて走れ」という言葉を残している。この言葉を正面から受け止める自信は無いが、自分自身の生活史を振り返ると、戦争と平和、憲法九条に対するこだわりが通奏低音のように自分の意識の中に流れていることに気付く。この感覚だけはこれからも変わる事はないと思っている。</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　医局　医師</p>]]>
        
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    <title>平和の語り部　（２月）</title>
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    <published>2011-02-09T04:53:44Z</published>
    <updated>2011-04-22T08:43:05Z</updated>

    <summary> 今、思い返すと私の小学校の卒業文集には「戦争」というコーナーがありました。担任...</summary>
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        <![CDATA[<p>
<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img style="MARGIN: 0px 0px 20px 20px; FLOAT: right" class="mt-image-right" alt="peace9_no4_05.gif" src="http://www.chushin-miniren.gr.jp/inochi_kurashi/files/peace9_no4_05.gif" width="104" height="169" /></span>今、思い返すと私の小学校の卒業文集には「戦争」というコーナーがありました。担任だった先生の提案で戦争当時の様子をお年寄りの方から聞いて、それをまとめるというものでした。既に私の家には祖父母がいなかったので、近くのお年寄り家まで話を聞きに行きました。今ではほとんど見かけない縁側に座って、おばあちゃんが背中をまるめて話をしてくれた姿を鮮明に覚えています。</p>
<p>当時は物がなくて全て「配給」だった事。配給された物は、足袋１足など生活にはとても不十分だった事。そんな話を聞いた記憶があります。</p>
<p>また、６年生の教室には「はだしのゲン」全巻がありました。漫画本ですが、戦争当時の悲慘な様子が描かれていて、そんな中でも主人公の「ゲン」がたくましく、全力で戦火を生き抜いている姿がとても深く心に残っています。</p>
<p>こうして振り返ると担任の先生は、私達に多くのメッセージを残してくれたと思います。子どもの頃に思った「戦争はいやだ」という思いは、今は「戦争は絶対に許さない」に変わっています。</p>
<p>今の平和な日本があるのは、戦争を体験し乗り越えてこられた方々がいらしてこそだと思います。</p>
<p>その方々がどんなつらい思いをされてきたのか、想像してもどこにも追いつきませんが、今の私たちに出来る事は、歴史を正しく知り、当時を生き抜いてこられた方々の声に耳を傾けることだと思います。「事実を知る。そして、次の世代に伝える。」この事はとても大きな責任だと思います。</p>
<p>小学校当時の事を思い出しながら、改めて感じました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　医事課職員　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        
    </content>
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    <title>ピーチャリ＠信州が長野県を走りました！</title>
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    <published>2010-06-21T07:10:05Z</published>
    <updated>2010-08-25T22:41:55Z</updated>

    <summary><![CDATA[ &nbsp; &nbsp;   &nbsp; 6/12（土）～13（ 日）自転...]]></summary>
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        <![CDATA[<p>
<p>
<p>
<p>&nbsp;</p>
<p>
<p>
<p>
<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-image">&nbsp;</span></p>
<p>
<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"></span></p>
<p>
<p><img style="MARGIN: 0px 0px 20px 20px; WIDTH: 191px; FLOAT: right; HEIGHT: 259px" class="mt-image-right" alt="ピーチャリ写真９.jpg" src="http://www.chushin-miniren.gr.jp/inochi_kurashi/files/%E3%83%94%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%AA%E5%86%99%E7%9C%9F%EF%BC%99.jpg" width="683" height="1024" /></p><img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 20px; WIDTH: 326px; DISPLAY: block; HEIGHT: 236px" class="mt-image-center" alt="ピーチャリ写真３.jpg" src="http://www.chushin-miniren.gr.jp/inochi_kurashi/files/%E3%83%94%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%AA%E5%86%99%E7%9C%9F%EF%BC%93.jpg" width="1024" height="683" /> 
<p></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>6/12（土）～13（ 日）自転車で走りながら、平和への思いをつないでいく信州反核平和自転車リレー（ピーチャリ）が開催されました。のべ100名近い参加者が長野から飯田までの２１７キロを走りました。全区間走行にも7名がチャレンジし無事に走りきりました。</p>
<p>
<p>「平和でないと、よい医療や介護はできない」というメッセージを県内各地で訴えて走りました。普天間基地問題では84％の沖縄県民が「辺野古移設」に反対するなか、菅首相は「日米合意を着実に実行する」と発言しました。</p>
<p>これが沖縄県民や多くの国民が期待したことに対する答えなのでしょうか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今、自分の中の平和への思いを他の人に訴えること、黙っているのではなく勇気を出して「一歩を踏み出すこと」が大切です。多くの人たちと思いを共有し連帯することが必要です。沿道では手を振って応えてくれた方々がたくさんいました。ピーチャリを応援していただいた皆様、ほんとうにありがとうございました。　</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　松本協立病院ピーチャリ実行委員会　川畑和章</p>]]>
        
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    <title>「日本の青空Ⅱ」上映会は大成功</title>
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    <published>2010-06-07T04:04:00Z</published>
    <updated>2010-06-29T01:11:34Z</updated>

    <summary> 「いのちに格差があってはならない、政治の役割は命を守ること」～「いのちの山河～...</summary>
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        <![CDATA[<p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-right" style="FLOAT: right; MARGIN: 0px 0px 20px 20px; WIDTH: 143px; HEIGHT: 193px" height="1600" alt="DSCF2983.JPG" src="http://www.chushin-miniren.gr.jp/inochi_kurashi/2010/06/04/files/DSCF2983.JPG" width="1200" /></span>「いのちに格差があってはならない、政治の役割は命を守ること」<br />～「いのちの山河～日本の青空Ⅱ」上映会に５５０人～</p>
<p>映画が終わると、会場いっぱいの参加者から大きな拍手が起こりました。<br />感想を紹介します。<br />「長く無医村であった岩手県沢内村で、村の抱える豪雪・多病・貧困という三悪を克服しようと立ち上がった深沢村長と、共に支え闘った家族や役場職員、村民の姿に涙がとまりませんでした。地方自治の原点はここにある、と深く心を揺さぶられた映画でした」<br />（６０代女性）。<br />「家族に心配かけまいと病を隠して命を絶った老人。それを検死した若い医師が、死亡診断書を書くときにしか彼の役に立てないなんて、と呑み込みながら去っていく･･･傍らで見ていた助役がかわらで泣き崩れる・・・涙がこぼれて、こぼれて」。<br />（３０代男性）<br />上映実行委員会代表は「制度でお年寄りを差別する後期高齢者医療制度や高い国保料の問題などを改善し、誰もが安心して医療にかかれる制度にしていくために、皆さんと力をあわせたい」と挨拶しました。</p>
<p>映画のサイト<br /><a href="http://www.cinema-indies.co.jp/aozora2/index.php" target="_blank">http://www.cinema-indies.co.jp/aozora2/index.php</a></p>]]>
        
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    <title>普天間基地無条件返還の署名にご協力下さい｡</title>
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    <published>2010-05-28T02:50:05Z</published>
    <updated>2010-06-03T00:21:13Z</updated>

    <summary><![CDATA[&nbsp;当院では普天間基地の無条件返還を求める請願署名を集めています。基地問...]]></summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.chushin-miniren.gr.jp/inochi_kurashi/">
        <![CDATA[<p>&nbsp;当院では普天間基地の無条件返還を求める請願署名を集めています。基地問題の解決は移設ではなく、無条件撤去が求められていると考えています。サンゴやジュゴンが生息する美しい辺野古の海は基地建設がされると取り返しのつかないことになってしまいます。</p>
<p>&nbsp;当院の職員はこれまで全日本民医連の辺野古支援連帯行動に参加して、現地沖縄の人たちとも共同して基地建設反対の運動に取り組んできました。 2008年４月に束原進長野県民医連会長（当時）が連帯支援行動中に逝去されました。職員にとって辺野古には特別な思いがあります。</p>
<p>&nbsp;江田清一郎医師は「束原先生は臨床病理医であり、若いころ、<img style="MARGIN: 0px 0px 20px 20px; WIDTH: 178px; FLOAT: right; HEIGHT: 144px" class="mt-image-right" alt="P5190139.JPG" src="http://www.chushin-miniren.gr.jp/inochi_kurashi/files/P5190139.JPG" width="2272" height="1704" />医師は患者さんのため真理をつかむよう、また医療は患者さんのものと深く指導をしていただいた間柄。亡くなった先生から『未来をつくるのは今だよ』と言われているように感じています。先生の反戦平和の意志を、後輩として引き継ぎたい。軍人であった祖父も充分な医療を受けられずに死んでいった。命を守ること、海や自然を守る思いからも基地建設には反対です。いま患者さん、お一人おひとりの思いを紡いでいくことが一番大切。」と受診された患者さんにも署名を呼びかけています。</p>
<p>
<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-file"><a href="http://www.chushin-miniren.gr.jp/inochi_kurashi/2010/05/28/files/%E6%99%AE%E5%A4%A9%E9%96%93%E5%9F%BA%E5%9C%B0%E7%84%A1%E6%9D%A1%E4%BB%B6%E8%BF%94%E9%82%84%E7%BD%B2%E5%90%8DPDF.pdf">普天間基地無条件返還署名PDF.pdf</a></span><br /></p>]]>
        
    </content>
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    <title>「反貧困セーフティネット・アルプス」なんでも相談会</title>
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    <id>tag:www.chushin-miniren.gr.jp,2009:/inochi_kurashi//5.264</id>

    <published>2009-07-08T01:02:10Z</published>
    <updated>2009-07-08T05:17:41Z</updated>

    <summary> 松本協立病院も参加する「反貧困セーフティネット・アルプス」（代表世話人：中島嘉...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.chushin-miniren.gr.jp/inochi_kurashi/">
        <![CDATA[<p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-right" style="FLOAT: right; MARGIN: 0px 0px 20px 20px" height="134" alt="alpsconsultation.jpg" src="http://www.chushin-miniren.gr.jp/inochi_kurashi/2009/07/06/files/alpsconsultation.jpg" width="200" /></span>松本協立病院も参加する「反貧困セーフティネット・アルプス」（代表世話人：中島嘉尚弁護士）は6月29日、なんでも相談会を、松本市内の公民館を会場に開催しました。</p>
<p>「アルプス」は、「派遣切り」など雇用破壊が社会問題化する中、法律事務所や労働組合、商工団体、婦人団体などが参加して今年2月に設立され、これまでに、「年越し派遣村」名誉村長の宇都宮健児弁護士の講演会や、松本駅前での相談活動などを行ってきました。</p>
<p>この日の相談会に向け、ジョブカフェやインターネットカフェに案内チラシを置いてもらい、当日もハローワーク前でチラシを配布しました。</p>
<p>相談に訪れた40歳台の男性は、昨年10月から10社で不採用となり、いまだに仕事が見つからず、現在は両親の年金でなんとか生活している。健康面でも疲れやすく、健診で尿糖陽性を指摘され不安もあるが、お金のことが心配で医療機関には受診できないでいるとのこと。医療ソーシャルワーカーと看護師が、生活保護や病院受診について相談にのりました。この男性は「市にも相談に行ったが、事務的な対応でがっかりした。今日は親身に相談にのってもらえて、少し気持ちが楽になった」と話していました。</p>
<p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-left" style="FLOAT: left; MARGIN: 0px 20px 20px 0px" height="157" alt="alpsconsultation_aka&amp;miya.jpg" src="http://www.chushin-miniren.gr.jp/inochi_kurashi/2009/07/06/files/alpsconsultation_aka%26miya.jpg" width="240" /></span>この男性の相談にあたった宮戸外来看護師長（写真左）は「最近、この方のように医療費の心配から、少しぐらい具合が悪くても受診せず、かなり悪くなって担ぎ込まれるといような方も増えています。医療機関に行くに行けず、負のサイクルの中で抑鬱傾向が強くなることも心配です」と話します。赤坂医療ソーシャルワーカー（写真右）も「一番心配なのは精神状態です。働き盛りで職を失い、職を探しても断られ続け、両親にはこれ以上面倒はかけられないという気持ちも強く、想像を超える苦痛だと思います。雇用の早急な改善を強く願います」と語っていました。</p>
<p>この他にも、勤めていた会社が倒産し、その後3ヶ所派遣の仕事をしたが失業した男性、東京から派遣の仕事で松本に来てまもなく「派遣切り」にあった女性などが相談に訪れました。</p>
<p>「アルプス」では、こうした相談会を継続して行っていく予定。<br />常設の電話相談窓口も設けています。0120-978-790（受付時間：午前8時～午後8時）</p>]]>
        
    </content>
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    <title>ハローワーク前健康相談会</title>
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    <id>tag:www.chushin-miniren.gr.jp,2009:/inochi_kurashi//5.242</id>

    <published>2009-04-28T01:47:22Z</published>
    <updated>2009-04-30T08:25:32Z</updated>

    <summary>松本協立病院医療ソーシャルワーカー　関原 尚美 「派遣村」がマスコミでも大きく取...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.chushin-miniren.gr.jp/inochi_kurashi/">
        <![CDATA[<p align="right">松本協立病院医療ソーシャルワーカー　関原 尚美</p>
<p>「派遣村」がマスコミでも大きく取り上げられ、「派遣切り」など雇用破壊が社会問題化する中、松本協立病院と中信民医連労働組合では、ハローワーク松本前で健康相談会を行いました。</p>
<p><img class="mt-image-right" style="FLOAT: right; MARGIN: 0px 0px 20px 20px" height="170" alt="healthconsultation.jpg" src="http://www.chushin-miniren.gr.jp/inochi_kurashi/2009/04/28/files/healthconsultation.jpg" width="250" />まず、ハローワークに職を探しに来られている方の多さに驚き、想像以上に深刻な状況であることを痛感しました。<br />健康相談に立ち寄ってくれた方々のお話しを聞くと、大半が保険証が無く、具合が悪くても受診せずにいる状況でした。<br />北海道から派遣の仕事で松本に来た矢先に「派遣切り」で職を失ったご夫婦、日系ブラジル人の方、高血圧だが未治療の方、糖尿病の治療を中断されている方。<br />20代，30代の若い方も多く、「国保に加入したくても収入がなく保険料が支払えない」「少し具合が悪いくらいなら売薬で対応している」など、自分の体調を気遣う余裕もなく、とにかく仕事を探さなければという思いでハローワークに通っている方が多いのだと感じました。<br />今回は測定できるものは血圧のみでしたが、血圧を測りその数値が正常値だとわかりとても安心していた女性がいました。「今日は来てよかった」と。血圧を測る機会はあってもその数値が正常なのか正常ではないのかの判断ができないのです。看護師が体に触れて血圧を測り、話を聞く。病院ではごく普通にされている行為が、一歩外に出るとこんなにも人を安心させることができるとは、と感じました。</p>
<p align="left">「派遣切り」「雇い止め」「病気になる」ことも自己責任とされてしまう今。<br />しかし誰もが安心して生活したいと願うことは当然であり、憲法25条では生存権として保障されています。決して自己責任論で終わらせてしまうことではありません。</p>
<p align="left">私たちは普段、主に病院に来られた患者さんの対応をしていますが、「患者になれない人たち、病院に来ることすらできない人々」がこんなにもいる現実をあらためて思い知らされました。<br />この現実をつかみ、把握していくこと、これが私たちの大切な役割の１つだと感じました。</p>]]>
        
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    <title>後期高齢者医療制度の廃止を求める署名にご協力ください</title>
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    <id>tag:www.chushin-miniren.gr.jp,2009:/inochi_kurashi//5.238</id>

    <published>2009-04-20T08:30:00Z</published>
    <updated>2009-04-20T08:30:40Z</updated>

    <summary>2008年4月にスタートした後期高齢者医療制度。 高い保険料負担、年金からの天引...</summary>
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        <category term="いのちと暮らしを守るニュース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.chushin-miniren.gr.jp/inochi_kurashi/">
        <![CDATA[<p>2008年4月にスタートした後期高齢者医療制度。</p>
<p>高い保険料負担、年金からの天引き、保険証の取り上げ、差別医療などなど多くの矛盾に、国民から大きな怒りの声が上がっています。そうした声に押されて、政府は「見直し」を言いますが、その方向すら示せず、"名称"など小手先の手直しだけです。</p>
<p>高齢者に負担と差別医療を押し付ける制度は、「見直し」ではなく、廃止すべきです。</p>
<p>松本協立病院では、参議院で可決された「後期高齢者医療制度廃止法案」を衆議院でも可決し、制度の撤廃を求める署名に取り組んでいます。ぜひご協力ください。</p>
<p>後期高齢者医療制度の廃止を求める署名　 
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-file" style="DISPLAY: inline"><a href="http://www.chushin-miniren.gr.jp/inochi_kurashi/2009/04/15/files/090123signature.pdf">用紙をダウンロードする</a></span></p>]]>
        
    </content>
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    <title>原水爆禁止世界大会に参加して</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.chushin-miniren.gr.jp/inochi_kurashi/ik_news/post_3.php" />
    <id>tag:www.chushin-miniren.gr.jp,2008:/inochi_kurashi//5.53</id>

    <published>2007-08-15T00:55:47Z</published>
    <updated>2008-12-09T01:42:26Z</updated>

    <summary>検査科　相原陽子 今回初めて世界大会に参加させていただきました。私は今まで、戦争...</summary>
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        <name>松本協立病院</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.chushin-miniren.gr.jp/inochi_kurashi/">
        <![CDATA[<h3>検査科　相原陽子</h3>
<p>今回初めて世界大会に参加させていただきました。私は今まで、戦争や平和といっても、どこか他人事のように感じていたところがありました。しかし、長崎で資料館や戦跡を巡って、本当に衝撃的で、原爆の恐ろしさや悲惨さを肌で感じてくることかできて、改めて、原爆や戦争は人事じゃないんだ、ということを実感しました。原爆投下から62年経った今でも、原爆で苦しんでいる人たちかたくさんいます。今回、世界大会に参加したことか無駄にならないように、自分にできることは積極的に参加したいと思いました。</p>
<p><img class="mt-image-none" height="170" alt="gensuibaku_sekaitaikai_03.jpg" src="http://www.chushin-miniren.gr.jp/inochi_kurashi/files/gensuibaku_sekaitaikai_03.jpg" width="204" /> 
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-none" height="170" alt="gensuibaku_sekaitaikai_05.jpg" src="http://www.chushin-miniren.gr.jp/inochi_kurashi/files/gensuibaku_sekaitaikai_05.jpg" width="204" /></span></p>
<h3>医事課　柴田尚史</h3>
<p>真夏の長崎はとても蒸し暑く、飲み物とタオルか手放せませんでした。一本足鳥居や爆心地、平和公園や原爆資科館などを見学しなから、こんな暑いときに原爆か投下されたのかと思うと本当に地獄のようだったと思います。一瞬にして何の罪もない市民の命を奪い、すべてを破壊した原爆は絶対に許すことは出来ません。原爆投下から今年で62年経ちますが、いまだに25万人を超える方が被爆の後遺症で苦しんでいます。このような悲劇は二度と繰り返してはなら ないと思いました。 </p>
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