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7月29日歯科センター2F会議室にて「9条の会」準備会が開かれ30名近い職員が参加。「9条」への自分の想いなどを語りあいました。
準備会のなかでは今後の行動提起もあり、「憲法改正論」が渦巻く中、「9条」を守る行動に積極的に活動していくことを確認しあいました。
また現在この賛同者は110名を超え、院内に9条を守れの輪が広がっています。
今後は「呼びかけ人会」を中心に設立集会にむけ詳細な行動提起をまとめてく予定です。

医事科 小倉民子
前から矛盾に思うのは、医療現場ではどんな小さい怪我や風邪などの病気でも一生懸命治療し、何よりも命が優先されるのに、その一万であまりにも簡単に、戦争や飢餓でたくさんの人が殺されている、このことに強い憤りを感じます。だから医療機関が社会運動にかかわることはとても大事だと思います。
医事課9条の会を作って、「だいすき9条」というニュースを配っています。そこに江田先生が文章を寄せてくれました。そこには先生のおじいさんが戦争で受けた怪我がもとで、まともな冶療も受けることなく亡くなったこと、それが医師になった原点であることが書かれていました。先生のそんな気持ちを知ることが出来て、こんな先生のいる病院で働ける事を幸せだと思いました。
3東 赤木富美子
私が9条の会に心を惹かれたきっかけは、井上ひさしという作家が呼びかけ人の中にいたことです。昔からなんとなく気になる作家であり、芝居を見に行ったりしていました。その人が呼ぴかけるものならいったいどんな集まりなのだろうととても気になりました。
私が戦争や、平和について考えるきっかけは子供の頃から聞かされた父親の戦争体験だったと思います。実際に戦地へ行った訳ではないのですが15、6歳で東京の立川市にある飛行機工場で働き、空襲のたびに先輩から「人が逃げるのとは反対に逃げろ」と教えられ、逃げながら「畑の大根や芋を盗んで来い」と命令され言われたとおりにしていた・・・などの話でした。そんなことが私の記憶の中で戦争に対する思いにつながったと思います。
「9条の会」のアピールに「この国の主権者である国民一人ひとりが、9条をもつ日本国憲法を自分のものとして選びなおし、日々行使していくことが必要です。」とあるように、自分の問題として考えることが求められていると思います。平和運動を続けることはとても困難が多いといわれます。でも自分のいきていく上での大切な柱として、平和のこと、戦争のこと、子供のことを生涯考え続けて生きたいと思っています。仕事とは違う別のエネルギーが使える機会としてやり続けたいと思います。